高田豊と石川三四郎
高田豊と石川三四郎 本間健彦
★高田豊が若い頃、フランス語の個人教授を受けた石川三四郎は「私が初めて自然と言ふものに憧憬を持ちはじめたのは、監獄の一室に閉じ込められた時のことである」という文章を書いている。それまでは自然というものに対して親しみを感じ得なかったのだが、「獄の一室にあって以来は庭の片隅のすみれにも愛恋を感じ、桐にも花のあったことを知り、其の美しい強い香にも親しみを感じたやうな理由で、自然と言ふものに深い感慨を感ずるようになったのである。」と。そうして石川三四郎は出獄すると戦前の社会主義者やアナーキストとしては珍しい<半農生活者>を志す。そんな石川の思想と生き方をかつて転向と批判した人もあったようだけれど、それは貧しい思想で、その答えはすでにでている。
★小生は幸にも獄中体験はないけれど、最近は目白の編集室の狭いベランダに置いた幾鉢かの草木に毎朝水差しするのが日課となつた。水をやると草木の歓ぶ表情が伝わってきてこちらの気持ちも嬉しくなるからだ。単に植木いじりするじいさんになっただけのことなのかも知れないが、<シャバという獄>からそろそろ出獄するトシになりつつあるのかな、と思ったりもする。
★わたしたち現代人は都市と産業社会の中で生きるしか術を知らない者たちが大半を占めているといっていい。格差社会の歪みは、都市と産業社会の歪みの露呈に過ぎない。烏籠で育てられた小鳥は籠から出ても自然の中で生きられないという。富国強兵を目指した日本の近代に淪落の青春期を過ごした高田豊の「五月の雨晴れ夕さびし…」と記した小詩の心境がむしろ懐かしいのはなぜだろう?
(2007年6月『街から』88号)
日時: 2008年05月09日 18:48
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