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ミニシアターの愉しみ方


ミニシアターの愉しみ方(本間健彦)

暗闇の中で他者と時代を共有する密かな愉しみ                   

 東京の街にちょっとしたミニシアター・ブームが起きるのは八〇年代に入ってからのことだったと記憶する。すでに映画の斜陽化が喧伝されていた。何処の街の中心地にも<娯楽の王様>として長らく君臨してきた映画館が将棋倒しみたいに廃館している。そんな時代に、選手交替して登場したのがミニシアターだった。
 ミニシアターは、客席数100席前後の小さな映画館である。当たり前の話だが、ただ小さい映画館ということだけを売り物にしていたわけではない。座り心地の良い椅子。観やすい客席の配置。入れ替え制。いい音響設備。カウンターバーなどを設けたオシャレなホール。きれいなトイレ。そういう点に気を配ってきたのがブームを呼んでいた頃のミニシアターの特色だった。メーンターゲットは、高学歴の若い女性たちだという。彼女たちはお気に入りのブティックにでも行くような気分で、ミニシアターに出かけているのかも知れない。
 上映される作品はといえば、新聞広告などに何段か抜きでど派手に宣伝しているハリウッド映画ではなく、ヨーロッパ製の映画が主力で、作品の内容も現代人の心の襞をテーマにした芸術的な映画が多いという傾向。近頃の若い人たちは本を読まなくなったとはよく聞く話だけれど。ミニシアターの観客は、小説を読むような感覚で映画を鑑賞しているのかも知れない。そんな印象があった。
 ところが映画界の状況は、斜陽なんてどこ吹く風って感じで、さらに進化する。シネコンという恐竜・怪獣まがいの呼び名の映画館が出現するのだ。ご存知の方も多いと思うが、シネコンとはシネマ・コンプレックスの略称で、要するに5館とか10館とか複数の映画館が一同に集まったビル内の映画館街。最先端の再開発ビルなどに誕生している新業態映画館である。シネコンは1館、1館の規模も大きくなく、ファッショナブルな映画館として造られているので、ミニシアターを集めた新しいタイプの映画館と思っている人もいるみたいだが、内容は全然異なったもの。喩えていえば、スターバックスの店と単独店のコーヒーショップとの違いである。もっとも03年4月にオープンした話題の六本木ヒルズのシネコンには、1館、ミニシアター系の映画館があるという。不勉強でまだ見学しいていないので未確認情報だけれど、たぶんシネコンの中に1館だけ、ミニシアターで上映されているようなマイナーな作品を専門にかける映画館を造ったのであろう。
都市は、資本の多角化・野合化の戦場である。そんな現象にいちいち驚いていては生き抜いていけない。必要なことは、自分の目と感性で自分にとって好ましいものを見つけ選択することである。現象だけで判断していたのでは見えるものしか見えない。肝心なのは、その作り手や担い手のビジネス作法・考え方・生き方を見ておくことである。今回見て回ったミニシアターは恣意的に選んだ数館に過ぎない。けれども、ミニシアターの担い手からの話を通し、ミニシアターの特性と現況を知ることができた。それをご紹介しよう。
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 <ポレポレ東中野>
 03年9月、JR東中野駅北口駅前に「ポレポレ東中野」というミニシアターがオープンした。だが同館は新規開業したわけではない。映画フアンの方ならご存知と思うが、実はインディーズ映画の拠点として親しまれてきた「BOX東中野」が、その前身だからである。同館は去る4月に閉館したのだが、館名を変え再興されたのだった。閉館の理由は、テナントとして同地のビル地下1階に入居し「BOX東中野」の運営にあたっていた会社の家賃の滞納が限度を超えてしまったためといわれる。
 再興したのは、同ビルのオーナーである本橋成一。彼は著名な写真家であり、近年は「ナージャの村」「アレクセイの泉」の映画監督としても知られる人だ。本橋は、閉館した映画館を自身がオーナーとなって復活しようと決意した思いを次のよう語っている。
「僕の実家はすぐ近くの山手通りで小さな本屋だった。ところが道路の拡張で立ち退きになり、その補償金でここの土地を買い、この7階建てのビルを造ったのですね。その時、BOX東中野の代表だった代島さんが、地下1階を借りて映画館を造りたいと言ってきた。周囲はみんな反対だった。映画館にするためには2層分地下を掘る必要があり、建築費が1億円高くなること。もし映画館がダメになった場合、他の業種のテナント貸しが難しいこと。などが理由でした。でも、僕は映画の黄金時代に少年期を過ごした“映画大好き人間”なんですね。街に一軒は小さな映画館があるべきだ!という主張もしてきた。だから、みんなの反対を押し切って映画館を造ったんですよ。」
 本橋にとって、小さな映画館は<街の灯>だったのかも知れない。それゆえ、ミニシアターの経営の大変さは知り抜いていたが、その灯を燈しつづけようと覚悟したのだろう。
 本橋は再興するにあたって、支配人を公募しているが、約40人の応募者の中から抜擢した大槻貴宏は、このあとに紹介する下北沢のミニシアター「トリウッド」の経営者だった。つまり掛持ちで「ポレポレ東中野」の支配人となっているのだ。その狙いについて本橋はこう説明している。「映画製作はビデオの登場で非常に幅広くなった。山形映画祭などでも、7割はビデオ作品ですよ。大槻さんのやっている「トリウッド」は、ビデオで短編映画を作っている若い人たちの作品を対象にしたミニシアターなんですね。大槻さんに両館をみてもらうことで、「ポレポレ東中野」がステップ・アップを目指す若い映画作家たちの登竜門にもなればと思っています。」

<ラピュタ阿佐ヶ谷>
「ラピュタ」は98年の暮れにオープンしている。JR中央線阿佐ヶ谷駅北口の飲み屋街と住宅地の境界のような立地に誕生したこの映画館の建物は西洋の童話の本にでてくるような意匠と佇まいでひときわ人目を惹く。オーナーの才谷遼はその裏手の貸しビル内でアニメ関連の出版社を経営している。
そこは元アジア人相手の木造の木賃宿だった。敷地面積55坪。事情があって持主がその土地を手離したいと声をかけてくれた時、才谷は、映画「もののけ姫」の解説本を出版して36万部も売れる大ヒットを飛ばし、思いがけず大金が転がり込んでいた。で、その土地を買うことにした。さて、その土地で何をやろうかと考えた時、才谷はすぐに映画館をやろうと思ったという。たぶんそれが彼の夢だったのだろう。
「ラピュタ」のある建物は、地下1階地上3階建てで、劇場(B1)、ホール・ロビー(1F)、映画館(2F)、レストラン(3F)といった施設で構成されている。主役格の「ラピュタ」は客席数50席の試写室規模のミニシアター。自社ビルで、全館直営なのだから、流行のシネコンにしてもよかったのだろうが、1館というところが何とも奥床しい。ミニシアタ−の経営の困難さを覚悟していた才谷は、たった1館50席の映画館の経営を何とか維持していくために、そのような施設構成を選択したのだという。
 才谷遼は、日大芸術学部映画学校を卒業後、一時期映画の仕事に従事していた。岡本喜八監督の不肖の弟子だったという。だが映画では食えなかった。結婚する際に映画界から足を洗い、アニメやマンガの編集の仕事を手がけるようになった。彼のミニシアターに賭ける情熱はおそらくそういう履歴から発したものなのだろう。
 ミニシアターには洋画の上映館が多いのだが、「ラピュタ」は50年代から60年代半ば頃までの日本映画を中心にした上映が行われてきた。きちんと人間を描いた水準の作品が多いからだという。「斜陽化したのは古い日本映画の産業システムで、あの頃の日本映画を観たいというお客様は遠方より阿佐ヶ谷まで足を運んでくれますよ」と才谷は手ごたえを、そのように証言している。

<トリウッド>
 下北沢にある「トリウッド」は、99年にオープンしている。ファッションビル2階の映画館で、客席数は47席。情報誌「ぴあ」のCinemaを見ると、オフシアターに分類されていて<短篇映画館>というキャッチが付けられている。
 もう少し分かりやすい括り方をすると、<若い映画作家たちの作品上映>を打ち出しているミニシアターと位置づけることができる。上映の方式は2通りあって、ひとつは館側が選んでプログラムした作品の上映であり、もうひとつは時間貸しの上映というコースである。ちなみに後者の貸し出し料金を見ておくと、1時間のワク貸しが原則で、入場料金が500円の場合は平日1万円、土日及び祭日は1万5千円だという。作品は16ミリのフイルムでもビデオ作品でもいいし、ドキュメンタリーでも劇映画でもいい。ただし、50分以内の作品というのが条件とか。短篇映画館という触れ込みは、そういう点に由来しているのだろう。
前述したように、同館の主宰者大槻貴宏は、昨年9月に「ポレポレ東中野」の支配人として迎えられている。つまり2館を掛け持ちで運営しているのだ。まず、「トリウッド」のようなシステムのミニシアターを作った理由について、大槻は次のようの説明している。
「映画は斜陽とかいわれてきましたが、映画を創りたいという若い人たちは実は増えているんですよ。ビデオ技術の発達によりビデオで映画が撮れるようになったことも大きい。つまり映画は今や誰にでも創れる。特別なものじゃないんですね。問題は映画を創ってもそれを上映する場所がないことだった。そうだ、ライブハウスのような映画館を造ろう」と、そういう発想から「トリウッド」は生まれたのである。立ち上げには約4千万円を要したという。ベンチャー企業支援の企画が通り、通産省からの助成金が受けられたことで信用が付き、銀行から融資が受けられたので実現したという。
 大槻は、「ポレポレ東中野」の支配人を兼務した理由については、こう語っている。「若い映画作家たちにとってトリウッドは第一歩を印す場所なんですね。腕を上げトリウッドで観客を一杯にできたら、次はポレポレ東中野に挑戦してみよう。そういうステップアップできるシステムが是非作りたかったのです」。大槻は現在36歳。大学経済学部を卒業後、アメリカの大学へ留学。映画学科の専門課程で2年間映画プロデュースを学んでいる。ミニシアターの進化は、そういう新世代の映画人により促進されているのだ。

 <アツプリンク・ファクトリー>
 「アップリンク・ファクトリー」(以下ファクトリーと略)は、渋谷区神南の何の変哲もないオフイスビルの5階にある。ビル入口のあまり目立たない置き看板を見逃すと同館を探すのは厄介になる。見知らぬオフイスビルにまぎれこんでしまったかなという不安に駆られる。だが同館に一歩足を踏み込むと世界は一変する。カウンターバーを兼ねた受付があり映画関係のチラシや雑誌や単行本の無造作に置かれたコーナーがある。客席数は50席。形態も材質も異なる不揃いの椅子が並んでいる。ソファーやマッサージ台みたいなものも置かれている。知る人ぞ知る隠れ家的な映画館。そんな感じのミニシアターである。
 このファクトリーは、下北沢のトリウッド同様、「ぴあ」ではオフシアターに分類されているが、普通の映画館のように映画だけを上映しているわけではない。作家のトークショーやミニ・コンサートなどのイベントも行われている。「映画は定番プログラムとしてはレイトショーの枠で設定しています。うちが配給している内外のインディペンデント系の作品が中心です。それを軸に様々なイベントを組んでいます。」(同館プロデュース担当・倉持政晴の話)。映画は新作・旧作で若干異なるということだが、1200円・ワンドリンク付きがスタンダード料金。イベントのトークショーやコンサートは、2〜3000円・ワンドリンク付きという設定が多いという。館側の意向に沿えば、自主製作の映画上映等のスペース貸しもしている。基本料金は平日は1時間1万円。週末・土日・祝日は同1万5千円。プロジェクターなど機材の貸し出し料金は別途だという。
 オープンは97年。主宰の浅井隆は、元劇団天井桟敷の演出家だったという経歴の人だ。寺山修司が亡くなり、劇団が解散すると、浅井は映画の配給会社を始めた。近作の配給作品では、イギリスのデレク・ジャーマン監督の未公開作品「ウォーレクイエム」や、黒澤清監督の「アカルイミライ」(同社製作作品)などが話題を呼んでいる。「アットホームな感じで、お客さんにリラックスして映画やインベントを愉しんでもらえる場所にしていきたい。それがファクトリーの方針ですが、お客様のダイレクトな反応を見聞できるアンテナショップとしての機能も見逃せません。」と倉持はファクトリーの特性を語っている。

今や映画は映画館でしか観られないという状況ではない。テレビでもレンタルビデオでもパソコン(DVD)でも観ることができる。実際に映画を映画館で観ない映画フアン人口は統計がないだけの話しで増えているに違いない。巷間喧伝されてきた映画産業斜陽説は、喩えていえば、どこの家にも家風呂ができて町の銭湯が立ち行かなくなったという事例に似ていなくもない。そういう状況下でミニシアターが生き続け進化しているのはなぜだろう?端的にいえば、その小さなメディアでは、マスメディア的な映画館では観ることができない映画を観ることができ、時代のビビッドな空気に触れることができるからではないか。ミニシアターには、今もなお他者と暗闇を共有する密かな愉しみが健在なのである。

(2004年1月『街から』68号)

日時: 2008年04月29日 15:41